「逃げるな」
「知らない人は苦手です」
「気難しい……誰だれに似た?」
「行って参ります。本日は直帰するかもしれませんので、おいしいご飯をお願いしますよ」
「なんという孫。おまえだって菓子ばかり作ってないで、料理くらいできるようにならんと私が死んだ後どうするつもりだ?」
お説教を無視してバッグを手にした時、事務所のゴミ箱に奇妙なものが捨てられているのを目にします。
「……これ、何でしょうか?」
わたしは捨てた覚えのないものです。
拾いあげて祖父に見せます。
「ああ、だから落ちてたゴミがそれだ。大きいだろう。実にゴミ。まったくもってゴミではないか?」
孫の手落ちを皮肉で間接的に責める肉親は実在します。皆さんも気をつけて。
「紙の模型ですか、これ?」
「わからん。子供が作ったものが風かなにかでまぎれこんだのだろうが」
「くしゃくしゃです」
「丸めて捨てたからな」
「これ、一枚の紙を折ってできてるんですかね? だとしたらちょっとしたものですよ? ああ、折り紙かもですね。何枚か使って作る複雑な……おじいさん?」
祖父は背もたれに寄りかかって寝息を立てていました。
「もう……」
年寄りは一いつ瞬しゆんで寝ます。
ゴミが気になるわたしは、ひとりでしばらくいじくりまわしていました。
握りつぶされているので破損している部分もありますが、元の状態はかなり複雑な造形だったようです。
これを紙で折るには、かなり器用さが求められるはず。
すると一箇所、小さな穴があいているのを発見。
紙風船の要領で、息をぷっと吹きこんでみました。一瞬で小さな紙細工は膨ふくれて、潰つぶされる前のかたちを取り戻し、無数の節せつ足そくをわしゃわしゃと蠢うごめかせて……、
「きゃわっ」
驚おどろいて、ゴミを放り出してしまいます。
偶然ゴミ箱に落ちていったソレは……虫の形をしていました。
しかも、ものすごく本物っぽい。
紙くずという認識でいたため、膨らませるまでまったく気付きませんでした。
……明らかに悪意を感じる流れです。
「……わ、わかって調べさせましたね、おじいさん?」
「ぐう」
タヌキ寝入りでしょうか。
わたしを驚かせるため、折り紙で精巧な虫を作って仕掛けていたに違いアリマセン。
不覚にも本気の悲鳴を発してしまいました。
単体だったりシンプルだったり甲こう羅らがあったりする虫は比較的我が慢まんできますが、ある種の芸術系幼虫(色とりどり突とつ起きにょきにょき)や集団生活系幼虫はもう本当に人をおかしくします。今の折り紙は、まさに芸術家肌。不意打ちはどうか勘かん弁べんしていただきたい。特に空気を入れるため口をつけさせるところが陰湿であり、見事な計算でした。
祖父も寝たフリをしつつ、内心ほくそ笑んでいることでしょうとも。
ゴミ箱をのぞき、そのえげつないデザインを確かめます。
「リアルすぎる……」
よくよく見ると、節足動物の特徴でした。
ムカデやヤスデほどスマートではありません。
言うなれば草ぞう履りみたいな形。
こんな生物をどこかで見た記き憶おくがあります。
「ダンゴムシ……?」
ちょっと違うような。
けれど平べったくしたら、ちょうどこの形です。
無数の足まで完全再現。
実に、実に手て間ま暇ひまのかかったいたずら。
「ぐう」
憮ぶ然ぜんとした視線を叩たたきつけますが、起きる気配はないようです。
「……行って参ります」
数日ぶりのゴミ山。慣れた道のりとはいえ、さすがに勾こう配ばいをしばらく歩かされるため軽く汗ばみます。
大味なようでいて細かく作りこまれた妖精都市はそのまま残っていますが、数日前ここで饗きよう宴えんが繰り広げられたのが?うそのような、閑かん散さんとした雰ふん囲い気きが漂っています。人の気配もなく、ここがすでに集つどって楽しい場所ではないことは、わたしにもありありと感じられます。
妖精さんは陽よう気きの概がい念ねんにとても敏感な種族なのだと思います。
楽しさというものは、同じ状況を作ったからといって完全に再現されるものではないのです。目には見えないうねりが最高潮に達した時、はじめて立ち現れる刹せつ那なの楽しさ。彼ら妖精種が好むのはそうした貴重な一滴なのでしょう。
そもそも彼らは定住をしません。
遊ぶために大勢が集うことはあっても、大規模な社会を形成することはありません。これは生きるための食料を生産する必要がないためと言われていますが、真実のほどは定かではありません。普ふ段だんはそれぞれが思い思いの場所でふらついているようなのです。人はときおり、単独もしくは少数で行動している妖精さんと出くわすことがあります。わたしも帰き省せいの途中、一度は偶然に目にしました。彼らはそうやって、楽しいことを探しているのかもしれません。
ゴミ山メトロポリスというイベントは、大いに盛り上がりました。
妖精さんに集落化を導くことでわたしの仕事もしやすくなる……そう考えたゆえの行動でしたが、あの結果を見るに、実に認識が甘かったと結論する他ほかありません。わたしがしたことは、単にひとときの娯楽イベントを立ち上げただけ。貴重なスケッチをいくつか残せはしましたが、それだけです。恒常的な調停活動に向けて、強固な関係構築には至りませんでした。
まだ都市の名残なごりをとどめるゴミ山周辺をぐるりと回って、向こう側に抜けてみます。ひとりくらい残って遊んでいないかと視線を巡めぐらせますが、誰だれもいません。
「ふう」
まだまだ荒い呼吸を整えるため、横倒しになったミニチュア・ビルに腰掛けます。バッグのポケットから、手製のミルクキャンディをひとつ取り出し、口に含みました。祖父も言っていたように、お菓子を作るのが料理より得意だったりします。学がく舎しやにも調理実習のカリキュラムはありませんでしたし。わたしはいつも、配給される水あめやチョコレートを材料にしてお菓子作りに励んでいたのです。
そうですね……ザリガニを煮こむくらいの料理はできるんですが(ギャグです)。
今日のおやつは、クリームと水あめで手軽に作ったミルクキャンディ。清潔で柄の違う紙片でひとつぶずつていねいに包んであります。
ぼんやりと陽光に当たりながらキャンディを舐なめていると、いろいろなことを自在に忘れていくことができます。一次関数とか。
「……もうひとつぶ」
太らない体質なので、糖分を取ることに対する抑止力は存在しません。
口中に広がる淡い甘み。クリームと水あめだけで煮つめた素そ朴ぼくなキャンディを、シュガーパウダーで包むことで、甘みの濃淡がついたやめられない止まらない一品に仕上がります。
「もういっこだけ……」
至福の時が続きます。
視線を感じたのは五つ目を舌で転がしている時でした。
横っ面つらからちくりと刺さるかすかなそれは、見ている人間のサイズ自体が小さいことを意味しています。
「と言いますか……ちくわさん、なのでは?」
草むらからひょっこり突き出ているうかつな小顔に、そう声を飛ばします。
ビクッと痙けい攣れんするちくわ氏。
「あ、あ、あ……」
「どうしました? そんなところで?」
なんだか怯おびえられているような……。
顔見知りなのになぜ?
「もしもーし?」
「ぴー!」
逃げ出す素そ振ぶり。咄とつ嗟さに手を叩たたき、大きな破裂音を発します。
草むらに近寄って?かきわけますと、哀れ転がっていたのはカラフル球体。音に驚おどろき、丸まってしまったちくわ氏でした。
手にとって見ると、
「あ、濡ぬれてる……」
失禁してしまったご様子。
ほっといても数分ほどで活動を再開するのですけど、片手で球体を固定し、もう片方の五本の指先を表面にくっつけて素早くツボをおさえた動きで、
「こしょこしょこしょこしょ」
「……っ…………ッ…………あーっ!」
たまらず球体はぱっくりと割れ、内側に畳たたまれていた四し肢しと頭が飛び出してきました。じたばたと暴れますが、固定されているため逃げることはできません。
「ごぶさたしております、ちくわさん。こしょこしょこしょこしょ」
なにげに続行。
「はわわーんっ」哀れなほどに身をくねらせますが、くすぐりからは逃れることはできません。「お、おじひーっ、じひーっ!」
ほどよいところで解放してあげます。
「わたしのこと、覚えてます?」
「え?」ちくわ氏は至し近きん距きよ離りからわたしの顔を見つめます。
「ほら、つい数日前に」
「あー」思い出してくれたのでしょうか。「たべないでー」
「食べませんよ……」
こんなやりとりを以前もしたことがあるような。
「ぼく、たべたらだめですよ? おなかこわしますよ?」
命いのち乞ごいする態度は、あからさまに見知らぬ者に対するそれでした。
ははあ。これは、もしかすると──
「ぼくら、きいろいちごうとかてんかされてますゆえー」
黄色一号って。
「でも……どうしても……たべるとおっさるのであれば……あれば……」
「ちくわさん。まさかあなた、わたしのこと忘却していませんか?」
ぽかんとされてしまいます。
「……はい?」
「名前をつけてあげた時のことを思い出してください」
「なまえ?」
「そうです。あなたはいつちくわさんになりましたか?」
「さて?」
「ついこの間のことでしょう?」
「……………………」
考えこむこと十五秒。
「ああー」
怯おびえが混じりこんでいた表情が、ふと和やわらぎます。
「思い出してくれたみたいですね」
「あー! これはこれは、おひがらもよく、いいてんきです?」
「そうですね。青天で好天ですよ」
「そうでしたかー」
「改めて、こんにちはですね」
「ごぶのさたです」
片手でつり下げられたまま、ぺこりと首を垂れます。
「でも忘れちゃうのはひどいですね。そんなに日数は経過していないのに」
「はー、めんもくないー」
ぼんやりと首をかしげられました。
「減点一です」
「やーん」
「あなたがたにとって、一日というのはとても長い時間なのかもですね」
「いちじつせんしゅうのおもいですよ?」
「あら、なるほど」
クスリと笑みを漏もらしてしまいました。
「ところでさっきから気になっていたのですけど」
「するとよいです」
「心なしか、日焼けしていませんか?」
「あー、そのあんけんですかー」
ちくわ氏は全体的に浅黒くなっていました。
「どうしてパンツしか穿はいていないんですか? 裸だから日焼けしちゃったんでしょう?」
しかも毛皮めいた腰巻きは、そこはかとなくジャングルの王者風かぜを吹かしているではないですか。
「ぱん・つー・まる・みえー」
「何言ってるんですか」
妖精さんはしたり顔で言いました。
「はだかいっかん、いきてます」
「まあそれはいいことなんですけれども」
「にんげんさんもはだくとよいです」
「食べますよ」
「ぴ────っ!?」
「冗談です」
「にんげんさんのじょうだんが、はーとにびんびんきくです」
被ひ虐ぎやく体質なのかしら?
「乙おと女めは開(はだ)けません」
「そおですかい」
「よくよく見ると、その腰巻きはちくわ柄ですね」
「それほどでもー」
照れてます。
「ちくわ大好物なんですよわたし」
「わっぱ───っ!?」
「冗談ですってば……まあ、お似合いではありますけどね」地面におろしてやります。「はいどうぞ。お目当てのもの」
ミルクキャンディをひとつ、ちくわ氏の鼻先にちらつかせました。
「あー、あー!」
取り乱し、ピョンピョンと跳ねてキャンディに両手でしがみつくちくわ氏。釣り成功。五十センチばかし持ち上げてみても、空中でぶらぶら揺れるに任せっぱなし。
「やーん、くださいー」
指を離はなすと、バランスを崩して背中からぽてんと落ちます。胸元にいとおしげに抱だいたキャンディは離しませんでした。
「それ、わたしの手作りなんですよ。どうぞ召し上がれ」
「たべるのもったいつけます」
「ならもうひとつあげましょうか?」
「なんたる!」
ビックリした顔で、わたしを見上げます。
その腕の中に、ふたつめのキャンディを押しこみます。ちくわ氏は「この展開はありえない」とばかりにプルプルと身み震ぶるいしていました。
正座し、ふたつのミルクキャンディを両りよう脇わきに抱えたまま、
「いっそけっこん、しますか?」
「しません」
「そおかー」
落胆した様子もなく。
「ところでお仲間はどうされました?」
「あっちでげんきにげんしです?」
わけがわかりません。
「……げんしって?」
「さー?」
原子?
「じゃあ質問を変えて、どこに集落を作ったんです? お姉さんに教えてくれませんか?」
「は、がんばるます」
ちくわ氏は歩き出しました。ぴたり止まって、わたしに目線を投げてきます。ついてこい、ということでしょう。
歩きながらちくわ氏が言いました。
「……うしろからたべるつもりです?」
「どうしようかなあ」
「ああ?」
ちくわ氏は背せ筋すじの震ふるえに操られるように、くねくね身もだえしました。構いやしません。どうせ本人も期待しているのです。
「……こ、こぼねもおおめですが?」
「カルシウムが豊富そうでいいじゃないですか」
「きゃ────!」
「ここが……そうなんですか?」
「そうなるです」
案内された場所。
そこは広大なサバンナでした。
といってもアフリカ大陸ではありません。
わたしの知っていた廃はい墟きよの一角が、サバンナにされていたのです。
途方もない規模で行使された、何らかの手段で!
遠くに目をやれば、古い建物とそこに絡からむ木々の輪りん郭かくが凹凸の地平をなしているのが見えます。そちらならば、わたしのよく知る世界だったのです。
何らかの方法で一帯にあった廃墟と森を伐ばつ採さいし尽くし、その開拓地に低木や草を植えつけ、大草原へと変えたのです。たぶん、驚おどろくほどの短期間で。
「……前回も驚きましたけど、今回もまた盛大にやりましたねー」
「ひろいのがぐっどです」
「そうなんでしょうが」
野生の王国を再現、と目星をつけました。
この環境で集落というと、だいたいのイメージがつきます。
さらにしばし歩くこと数分。
はたしてそこにあったのは、想像通りの原始的な村でした。
「もどたー」
ちくわ氏が声をかけると、そこらに無秩序に建っている草ぶきの小屋群から、妖精さんたちが雨う後ごの筍たけのこのごとく姿を現しました。
彼らはすぐにわたしを見つけ、ただでさえ丸い瞳ひとみを銀ぎん杏なんの形に見開きます。
「にんげんさんだー」「うおー」「まじなのです」「ちかよってもへーき?」「おこられない?」「これからどーなってしまうのかー?」「あやー」「おおきいですー」「ごぼてんすきです?」「ひえー、ひえー」「のっけてくださいー」
全員、腰巻き姿。
「みなのものー、きちょーなおかし、げっとしたです」
飴あめ玉だまふたつを高々と掲げるちくわ氏です。
群衆から喝かつ采さいがあがります。
「みるくきゃんでーだー」「あめちゃんー」「おおー」「いいにおいだねー」「つつみがみほしいー」「これ、てづくり?」「どこにみのってたです?」
ちくわ氏は答えます。
「にんげんさんにもらたー」
「にんげんさんがー?」「おおきいだけじゃないのです」「あめくれるです?」「そんな」「まさか」「できすぎたはなし、かと」
「まだたくさんありますけど、いります?」
そう提案すると、どっと村が沸き立ちました。
「くださいー!」「あー!」「うわーん、ほしいー!」「あなうー!」「そのときれきしはうごいたです?」「きょうはまつるです」「ぎゃわー」
暴動になりそうな勢いでした。
急いでバッグをあさって、ミルクキャンディをすべて差し出します。
草原に山をなす飴玉。
それを囲むたくさんの妖精さんたち。
「さすがにひとりいっこはないので、砕いたりしてみんなでわけてくださいね」
「だってー」「どーやってくだく?」
「このあいてむつかうしか」
ちくわ氏が持ってきたもの、それは石器です。
石を打ち欠き鋭利にして作る初歩的な利り器き。
超科学を持つ妖精さんにしては、ずいぶんと原始的な代しろ物ものです。
しかも非力な妖精さんのことです。石器に用いた石は、
「軽石でしょう、それ?」
「さようです」
やっぱり。
「でもおもいので、のちにあつがみでつくりなおします」
厚紙って……。
「使い物にならないんじゃ?」
「そこは、きあいで?」
なるほど。
「では、わるですー」
飴あめ玉だまを並べて石器を正せい眼がんに構えると、村はシンとした緊きん張ちように包まれました。
「たあ」
石器は地面に当たります。
「たあ、たあ、たあ」
地面、地面、地面でした。
やり遂げた者の顔がわたしを見上げました。
「さすがにちきゅうはわれぬですなー」
「目的違ってるじゃないですか」
「なんと」
「道具使うの下へ手たなんですね」
「……こういうのは、むずです」
運動神経はいいのに。超種族の意外な欠点。
「やってあげましょう」
わたしの手には小さすぎる石器は用いず、直径十センチほどの石を拾いました。
それで飴玉を叩たたきます。
角度が悪かったのか、飴玉はものすごい勢いで弾はじかれ、固かた唾ずを呑のんで見守っていた妖精さんたちの間で激烈にピンボールしました。
それはおそらくゲーム上でなら高得点を叩きだしたのですぅぅぅっ(一いつ瞬しゆんパニック)。
重軽傷者多数を出す大惨事でした(すぐ冷静に)。
『ぴ──────────────────────っ!?』
たちまち村は恐怖と混乱に支配されます。
「はじまったー!」「じぇのさいっ! じぇのさいっ!」「たまつきじこだーっ!」「ひええっ!」「ぼくらのらいせにごきたいくださいーっ」「たまりませぬよー」「にょ───っ!?」
「いえ……すいません……わざとではなく……あの……ごめんなさい、本当に……悪わる気ぎはないのです悪気は……あの……泣かないで……」
慰い謝しやには三十分を要しました。
もちろん全員失禁してますからね、きっちり……。
なんとかなだめて飴割りに戻れた時には、村の人口は半分になっていました。
どこかに逃げていってしまったのです。
「かそりましたです」
「……ごめんなさい……」
過か疎そ化かを加速してしまいました。
今度はそっと、石の重量を利用して押しつけるくらいの力で飴あめを叩たたきます。
それぞれの住居に隠れてしまった妖精さんたちから、微妙な恐怖の波動を向けられながら、粛しゆく々しゆくと作業は進みました。
「……こんなところでしょうか」
等分かどうかはともかく、飴玉はすべて細かい破片にできました。
妖精さんたちが目を輝かがやかせて寄ってきます。
「わー」「あめだー」「あまーう」「いっぱい、あるです」「みるきー」「しあわせですなー」「まいうー」「まったりとしてそれでいてまろやか」「こんねんどさいだいのわだいさく」「みたされちゅうです」「すごいおいしー」「いきててよかったなー」「けっこうな、あじでは?」
わいのわいのと、飴パーティーは盛り上がりました。
一いつ緒しよにベタ座りして参加しちゃいます。
「ところでちくわさん」
「はいー?」
「この前はすごい未来都市だったのに、どうして原始時代?」
「あえて、たいかです?」
メリットが感じられないんですが。
「あ……にんげんさんに、ごそうだんです」とびっしり手を挙げます。
「どんと来てください」
「そういえば、なんか、じゅんばんにしんかしてみようとしたです」
「え? 順番に進化?」
「なんか、そゆことしたくなったですよ?」
んーと唇くちびるを指先でなぞりながら考えるわたし。
そういう主旨の発言を、前の時にしたような、しなかったような。
わたしのことを神扱いしようとした彼らの記き憶おくに、言葉だけがインプリントされて──って、いやいやいや、困りますよそういうのは?
「……内政干渉になってしまう、のでは?」
「はい?」
「いいえ、独ひとり言ごとです。ええと、順番に進化して、それで?」
「それでですなー」
誤ご魔ま化かしちゃいました。
「もーずっとはじめにんげんやってるですよ。けどなかなか、つぎのじだいにしんかできぬです」
「進化ねえ……」
そういうのは彼ら自身の意志で制御できるような気がするんですが。自分たちで定めたルールがあるのかも。
「うまく、しんか、したいのです」
「とおっしゃられても……」
「にんげんさんは、このあと、どうしました?」
「あ、歴史の問題ですか。それはいけない」
「ほよ?」
顔を近づけて告げちゃいます。
「資料がないですから」
「ないのですか」
「失われたのです」
「たのですかー」
ショックを受けた様子もなく、けろりとしています。
「なにかたりぬです?」
「足りないものですか」
「にんげんさんにあって、ぼくらにないもの」
「……うーん、闘とう争そう、ですかねー」
「とうそう……?」
言葉を吟ぎん味みするように、ちくわ氏は繰り返しました。
わたしの背せ筋すじをひやりとしたものがおりていきます。
「あ、ちょっと待ってください。今のなし」
「あな?」
「間違えました。闘争ではなく、狩しゆ猟りようでした」
「ほう」
「狩猟、つまり狩りですね」
「かり……」
「生きるために、狩猟採集生活をします。その中から、人は生きる活力と技術を発展させていったのです。……確か」
「なるほどなー」
「ただ、このあたりに狩猟するような大型の動物っていないと思いますけどね。そもそもあなた方は食べ物を必要としないんでしょうし」
「うーん……かりなー」
この時は、それで終わったのですがね。
彼らはいかにしてそれを身につけたのか?
一夜にしてゴミ捨て場を未来都市に、廃はい墟きよをサバンナへと変える技術力を。
「妖精には闘争の概がい念ねんはない」
という祖父の言葉に、わたしも異論はありません。しかし、であるとするなら、彼らはいかなる経緯によってあの高度でデタラメでおそらくは旧人類のそれよりずっと発達した科学技術を持つようになったのかという疑問はそのまま残ります。
先のサバンナの件……廃墟と森を伐ばつ採さいし、そこに改めて別の環境を植え付けるという離はなれ業わざは、科学を通り越して一種の冗談に近いものがあります。高度に発達した科学は冗談と見分けがつかないのです。
彼らはいかにしてそれを身につけたのか?
「それらの質問に答える前に、まずおまえの意見を聞こうか」
「わからないからお尋ねしたんですが……」
「おまえはいちおう優等学士様ではないのかね? 優等だぞ、優等? 辞書で引いてみろ。一般より成績・知識が優すぐれているという意味だ。学がく舎しや最後の卒業生で他ほかに何人、優等を取った?」
「……ふたり」
折れ曲がりがちのVサイン。ひとりはわたし。ちなみにもうひとりは友人Y。
「でもおじいさんの時代よりカリキュラムは減ってるんですよ。担当教授が亡くなって教えられる者がいなくなった分野なんかは、他の暇ひまな教授たちが集まって残された資料を首っ引きにしながら授業を進めてたくらいでしたし。同じ学位でも昔と今とでは密度が変わってるんです。でもわたしはそんな牧歌的な教育の中から人間性を回復させ、豊かなイマジネーションとフレキシビリティーを得ることに成功したゆとり世代なんです」
「ゆとり世代だと? 妙な言葉を作り出しおって……豊かなイマジネーションがあるならそれで想像してみたらどうだ」
「豊かすぎて、知らないことを考えてると妄もう想そうばかりが膨ふくらんでしまうんですよ。だからわからないことは調べずに即質問する」
「ゆとりの弊へい害がいだ!」
「だって」
「わかった……もういい。該がい博はくな知識を披ひ露ろうしてくれとは言わん。とにかく自分なりに推測してみるんだ」
とまで言われては、脳をサボらせているわけにもいきませんね。
今、わかる限りにおいての旧人類の科学に至る歴史。それは──
「土地や資源の奪い合い?」
「三十点もやれないぞ」
「……異民族間での略奪によって技術進歩が促うながされた?」
「おまえの専攻は文化人類学だったと記き憶おくしているんだが……本気でそんなことを考えているのか?」
「知の巨人による一方的で大人げない打ちよう擲ちやくを受け、わたしのかよわい精神ははやくも悲鳴をあげはじめました」
「口に出すな」
「ちょっと待ってください。今、詰めこんだだけの知識を連結してみますから」
「ヒントだ。生態系などの生物学的側面には踏ふみこまないでいい。環境に対して影えい響きよう力りよくの少ない黎れい明めい期き人類の暮らしも除外していい」
焦あせっている時に限って、頭の中が真っ白になります。
「ええと、つまり……狩しゆ猟りよう採集生活は……血なまぐさくて生きることにギラギラしていていつも飢えていた……だから武器が発達した」
「そんなようなことをホッブズという昔の有名な政治思想家も言っていたなぁ」
「じゃあ当たりですか?」
「おまえの学位、?はく奪だつな」
「今言ったのは冗談です」
学会ではそれなりの地位にいた祖父ですから、もしかしたら本気で?奪する権利を持っているかもしれず、わたしは大いに焦あせります。
「あ、思い出しました。狩しゆ猟りよう採集生活はわりと豊かな暮らしぶりだったんですよね」
「……そうだ」
ようやくわかったか、という具合で祖父がため息を落とします。
「彼らが生きるために費やす時間は、ごくわずかだったと言われている。確かに子供を間引くなどの人口を抑制する文化も見られたが、我々が想像するようないつも食物に飢えているような生活ではなかった。人口さえ増やしてしまわなければ、地域から採集できる食料はいくらでもあったのだからな」
「戦争もなかった?」
「あったろう。だがそういった他部族との接触が高度に武具を発達させたわけではない。狩猟採集生活をしながら人類はゆっくりと世界中に広がっていった。そして生活の中で、次第に原始的な農耕技術も発達していったのだ。ここで質問だが、農耕によって人が得るものとは何だと思うね?」
「食料です」
「落第だ」
「……冗談です」
「本当か?」
「もちろんです。ええと、本当は……農耕によって人は……生活の安定……を得た、はず」
「うむ、まあそうだ……」
ほっと安あん堵ど。
「つけ加えるなら、食料供給の安定によって、養える人口が多くなったということだ」
「人口が増えると労働の分化が起こるんですよね?」
「その通り。王や司祭など、特別な力やカリスマを持った者が、生きるための労働から解放されるのだ。そうやって誕生した専門職の中に、戦士たちもいたのだ」
「専門職化は技術の進歩も促うながすはずでしたよね?」
「そうだ。つまり妖精たちが言う進化とは、狩猟採集から農耕に切り替わるに際し、旧人類が辿たどった技術の発展のことを指しているのだろう。さて、どうだ孫よ、彼らが狩猟採集ごっこから先に進まないポイントが見えてきたかね?」
「……はい。最大の理由は、彼らが生きるために食料を必要としない点にあるんだと思います」
「ようやく六十点といったところか」祖父は揶や揄ゆするように笑みをこぼしました。「そう、妖精たちは生命維持についての切迫感を持たない。だから農耕をする必要がない。よって彼らが必要とする技術というものは、実際のところほとんどないのだ」
「……けれど、お菓子は食べてるんですよね」
「彼らすべての腹を満たすほどの菓子は、地球上にはなかろう。あれは嗜し好こう物ぶつと見るべきだ。旧人類にとっての酒のようなものか」
「……狩しゆ猟りよう採集の方が野や蛮ばんな印象ですけどね」
「それは狩りだからだろう。狩りはいい。雄大でいい」
祖父の指が、くいくいと空中で見えない何かを引き絞りました。
その見えない筒先がこっちを向いているのが、妙にわたしの不安をあおります。